堀場 雅夫
全国イノベーション推進機関ネットワーク 会長
(株)堀場製作所 最高顧問


| プログラム | |||||||||||
| 13:00〜13:20 | 主催者・来賓挨拶 | ||||||||||
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| 13:20〜13:40 | 特別メッセージ 「地域主権国家を目指して」 ![]() 堀場 雅夫 |
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| 13:40〜15:20 | 基調講演 「グローバル競争に打ち勝つためのクラスター戦略」 クラスター政策は、欧米を中心に世界のスタンダードな地域産業戦略として拡がっています。地域の国際競争力を強化し、新産業を成長させることにより、豊かな地域社会を実現するためのクラスター政策。海外の先進的なクラスター戦略をいかに取り込むかが、今こそ求められています。 ![]() Dr. Tim Minshall |
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| 15:40〜17:30 | パネルディスカッション 「地域経済発展戦略 地域発クラスターの構築 〜10年を迎えての今後の展望〜」 日本におけるクラスター戦略を効果的に実践するための課題とは何か、その克服手法とは。地域産業振興戦略を実践してきた各地のリーダー、有識者が、地域で実践的な戦略を分かりやすく提示します。 ●コーディネータ
●パネリスト
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| 18:00〜19:00 | 交流会 (主催:(財)日本立地センター) 会場:秋葉原UDX マルチスペース(秋葉原UDX 4F) |
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全国イノベーション推進機関ネットワーク 会長、(株)堀場製作所 最高顧問 1924年京都市生まれ。1945年京都大学理学部原子核物理科に在学中の3回生、20歳の当時に、堀場無線研究所を創業。学生ベンチャーの草分けと呼ばれる。国産初のガラス電極式pHメータの開発に成功し、1953年(株)堀場製作所を設立。以来、同社は分析機器のトップメーカとして常に技術開発で業界をリード。特に自動車排ガス測定装置は、世界シェアの80%以上を占め、各国の標準器として採用され、グローバル企業として大きく発展。 社員には、常に博士号の取得を推奨し、自身も1961年に医学博士号を取得。「おもしろ、おかしく」を社是として、全社一丸となって技術系ベンチャービジネスのモデルともいえる企業を作り上げた。1978年代表取締役会長に就任。2005年に取締役会長を退任し、最高顧問に就任。 現在、全国イノベーション推進機関ネットワーク 会長、(財)京都高度技術研究所最高顧問、京都ナノテク事業創成クラスター本部本部長、京都市ベンチャー企業目利き委員会委員長などを務め、起業家の育成にも力を注いでいる。 また、2006年には、分析化学の世界で最も権威ある「ピッツコン・ヘリテージ・アワード」を米国人以外で初めて受賞する。 著書に『イヤならやめろ!』(日本経済新聞社)、『仕事ができる人 できない人』(三笠書房)、『「好き」にまかせろ!』(PHP研究所)、『人の話なんか聞くな!』(ダイヤモンド社)、『今すぐやる人が成功する!』(三笠書房)、『やるだけやってみろ!』(日本経済新聞出版社)、『もっとわがままになれ!』(ダイヤモンド社)など多数がある。 |
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ケンブリッジ大学 テクノロジーマネジメントセンター 上級講師 英国、オーストラリア、日本にて、教師、コンサルタント、プラントエンジニア、フリー作家としての職務を経験した後、セント・ジョンズ イノベーョンセンター(St. John’s Innovation Centre)でプロジェクトマネージャー兼取締役として、ハイテクベンチャーの産学協同支援プロジェクトを担当。ケンブリッジ大学アントレプレナーセンターの立ち上げと初期の運営、及び起業家養成プロジェクトの運営などに貢献した。 |
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青山学院大学大学院国際マネジメント研究科(MBA) 教授 1966年 高崎経済大学経済学部卒業、1999年 慶応義塾大学大学院修士(政策・メディア)課程修了。学術博士。 |
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福岡先端システムLSI開発クラスター 事業総括 1979年 福岡大学工学部電気工学科卒。同年 米半導体大手テキサス・インスツルメンツ入社。約22年間在籍中、技術マーケティング、システム/カスタムビジネス開発等のマネージャー歴任。2001年よりソニーセミコンダクタ九州(株)実装部門長、SIP事業部長、大分テクノロジーセンター代表、国際資材調達部門長を歴任。 |
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(社)首都圏産業活性化協会(TAMA協会) 事務局長 1976年 横浜市立大学商学部卒。同年、相模原市役所入庁。職員課、財務課(在職中に1年間自治省財政局調整室に派遣)、農政課勤務を経て、1998年(財)相模原市産業振興財団へ出向、市内企業のIT支援を行うと共に、TAMAプロジェクトに参加。 |
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大阪健康サービス産業創造(OHS)協議会 事務局長 1987年同志社大学経済学部卒業、民間シンクタンク、市場調査会社等において、一貫してメディカル・ヘルスケア分野における技術調査、マーケティングリサーチ、新規事業開発、ビジネスアライアンス支援、各種コンサルティング活動に従事。2002年に大手電機メーカーに転籍し、ヘルスケア分野における研究企画・新規事業支援、海外企業とのアライアンス支援等に従事。
2004年以降は、再び民間コンサルティング業界に戻り、大学発ベンチャー、産官学連携、中小企業支援等の視点等を重視したメディカル・ヘルスケア分野におけるイノベーション支援コンサルティングを展開。 |
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(株)アーク・イノベーション 代表取締役社長
1984年 東京大学経済学部卒、富士通(株)入社。社長経営方針原稿定、全社中期事業計画策定、新規事業計画立案、海外M&A案件、中国投資等に従事。社内ベンチャー制度、スピンオフ制度のデザイン、海外VCファンドへの投資(8ファンド50億円、同投資は8年間で350億円のキャピタルゲイン)を実施。これらを通じて富士通のオープン・イノベーション戦略の基盤をデザイン。2000年 経営戦略室課長時に退社。 |
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